こめじるし
過去の日記
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こめじるし

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炊き風呂と家族

2021/01/15

我が家は五右衛門風呂。

風呂の温度は薪を燃やす加減によるのだが

 

入った最初は熱くても良いけれど

子供たちが一緒に入る頃には多少ぬるめが良い。

そうなると微妙な燃やし加減が必要で

もはや毎日のことなので風呂を焚いてくれる

父さんはその要領を得ている。

 

しかしながら「熱い?」や」「もう少し燃やそうか?」といった

薪を燃やす人と入る人とのコミュニケーションが必要で

先に入った人は、後から入る人に

「もう少し燃やしとこうか?」といった気遣いも生まれてくる。

 

子供たちもいて忙しい中で

なぜあえて五右衛門風呂かと言われることもしばしば。

でも、生活の中で人が人のことを想像したり

思いやったりする機会は「自動」に囲まれるより

はるかに多いと思うのだ。

 

五右衛門風呂は大変。確かに大変。

けれど寒い冬に薪で温まった湯につかると

あたたまることはもちろん、家族の距離もぐんと近くなる。

 

つい忙しさに手放しがちな生活の中の色々な行為。

簡単に捨ててしまわずに、できる限りは大切にしたい。

 

 

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おき火とマスク

2020/12/10

ありがたいことにこめじるしは

常連さんたちがおき火のようにあたためていてくれて

世の中の動きを見ていると

不安になるような心持ちも

お客さまの顔を見て、お話をして

それでほっとするような、大丈夫だよと

守られているようなそんな心地がする。

 

世の中マスクをしなければいけないという決まりごとができると

「マスクをしていない人はいけない人だ」という考えが生まれ

公共の場では咳エチケットをという決まりごとには

「咳をする人は何か悪いものを持っている」という疑念が生まれる。

 

そんな中にあって、できていないことに目を向けるよりも

できていることに目を向けたいと思う。

こめじるしに来てくださるお客様には

いろいろな疑念を向けるよりも

マスクを着用してくださってありがとうございますと

来てくださってありがとうございますと

ただそんな気持ちでお迎えしたいと思う。

 

本当に心がけなければいけないことは

世の中の決まりごとに添うだけではなくて

一人ひとりが自分の頭で考えて判断することだと思う。

 

コロナウィルスの感染拡大によって

心の温もりまでも消えてしまうことは恐ろしい。

まだまだ先行きの見えない状況の中で

丁寧に淹れたコーヒーと焼きたてのおやつで

少しでもお客さまの心がほぐれたとしたら

こめじるしをやっていてこれほどうれしいことはない。

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偶然と必然

2020/11/26

「印刷物は本当に力を持っていて時間を超えていく。

それがたまたま誰かに見られ、

その人の記憶や何かと照合してくれればいい。」

何気なく雑誌をめくっていたら

写真家 森山大道の言葉が目にとまった。

 

そういえば、これまでの人生で

「たまたま出会ったもの」の方が自分に大きな影響を与えているような気がする。

何かを求めて探そうと思うと簡単に見つけられる時代だけれど

偶然は求めても得られない。

 

何もが無駄をなくし、簡略化する時代にあって

必要なものを、必要な分だけ手に入れられる今。

 

必要なものって何だろう。それは誰が決めるのだろう。

余剰から生まれるものや、無駄に思えるものの中に

実は大切なものが転がってはいないだろうか。

 

時代の流れに、大切なことまで流されそうな心地がするけれど

偶然の楽しさ、無駄なように思えることの中にある意味までも

捨てずにいたいなと思う今日この頃。

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秋と萩

2020/10/1

萩の花が今年も咲いた。

この花が好きで、こめじるしの庭に苗を植えて

きれいに咲いた翌年には

秋生まれの次女の名前を「萩乃」と名付けた。

 

毎年この花がきれいに咲くたびに

秋の訪れを感じながら子供の成長を改めて感じる。

 

こめじるしの森にはたくさんの木々があって

紅葉がきれいな秋、荒涼とする冬、芽吹きの春、蒼々とした夏と

植物が季節の訪れを教えてくれる。

 

子どもの成長も、忙しさで感じ入ることもない日々だけれど

自然は常に変化して、季節がめぐることを着実に知らせてくれる。

 

おでかけしなくても、何か特別なことをしなくても

視点を変えてそこにいるだけで豊かな気持ちになることができる。

それは自然のそばでくらすことができているおかげ。

 

刻々と変化する子どもたちの「今」を大切に見つめたいと

日ごとに色濃くなる萩の花を眺めながら思った。

 

 

 

 

 

 

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川と倒木

2020/08/21

主人が川に落ちた。

森にある太い木の根が腐り、倒れかけて危険だったため

それをどうにかしようと木の上で作業していた時のできごと。

 

木が折れる寸前の音はミシミシと恐ろしい。

その瞬間、あっと言う間に主人は川の中にいた。

そして泳いでいた。

 

一瞬ひやっとしたが、危険な高さからではなく

足をつきながらの落下だったため

 

2人で腹の底から笑ってしまった。

子供が一緒にいるわけでもなく

森で大笑いしている大人2人。

 

ここのところどこか遠くにでかけることもなく

そんなことをしていたら休日が過ぎる。

 

木を伐ることも簡単でない。

自然を相手にしていたら時間がいくらあっても足りない。

一瞬で昼間の暑い時間帯は過ぎ、涼しい夕方の風が吹き、朝方には寒いくらい。

 

邑南町で過ごす夏も8回目。いろいろなことが見えてきた。

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物と記憶

2020/07/9

私は小さい頃から父の本棚から本を抜き取っては

読んで見ることが好きだった。

それがいつしか習慣となり

大人になっても本が好きである。

 

ふと今の時代、本自体が売れなくなり

パソコンや様々なツールを使って本を読むことができる世の中で

家に本が残って行かないことの重大さに気づいた。

 

私は小さい頃から自分で選ぶことなく

そこにある本を自然と読むようになり

「読みなさい」と言われたことは一度もない。

 

しかしながら結婚して家を離れてからも

たまに帰省して父の本棚にある本を読むのが好きだ。

 

物としてそこに残ることは、受け継ぐことなのだと思う。

私たちが本からいただいた物を

強制力なく優しく人に伝えることだ。

 

物はなくても、内容を知ることのできる時代。

どこにも行かずしてそれをいつでも得ることができることは

とても便利でいいことだと思う。

 

しかしながら私はあえて物として本を残すことで

受け継ぐことに希望を注ぎたいと

そんなことを思う今日この頃。

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おおじいじと種

2020/07/6

私の父方のおおじいじ(祖父)は91歳になるがとても元気だ。

お酒を飲みながら人と話すことと

畑で野菜を育てることが生きがいだと言う。

 

「わしゃー、毎日種と芽のことを考えちょる。

今日蒔いたあの種が何日には出るだろう思うて、そればっかり考えとるんじゃ。

そいじゃがの、こないだ蒔いた種がいっそ芽を出さんことがあってから

そうしたら横の方から思わんところから芽が出とったんじゃ。

あー、人生ちゅうのうのはそういうことかも分からん思うての。

ほんにおもしろいわ。」

 

私が実家にいた頃ほどの元気はなく、体も随分と衰えたおおじいじ。

だけれど小さな種を蒔き、その成長を見つめながら

きらきらした目をして暮らしている。

 

私がもし同じぐらいの年齢まで生きられたとして

どんなことを思うのだろうか。

その時きっと、おおじいじの言葉を思出だすだろう。

 

種をまき、それが芽を出し、成長すること。

そのことは野菜作りという言葉ではくくれない

じいちゃんの言う生きることの真理が

つまっていることのような気がしてならない。

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