こめじるし
過去の日記
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こめじるし

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島根県邑智郡邑南町下田所1570
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お店とまち

2021/11/9

「お店を営むことは、そのまちをデザインすることだ。」という言葉を

あるイベントで聞いて、そうであるならば本当に素敵だと思った。

 

たとえば家族とお店でおやつを食べる時を

職場からの帰りに立ち寄ってコーヒーを飲む時を

1人になって静かに風景を眺める時を

 

それまでなかった時と場所を生み出すことができたら

それは確かにまちの人の行動を生み出すデザインだと思う。

 

こめじるしのある場所は都市部のように

たくさんの人が往来する場所ではないから

人が求めているものばかりを提供するのではなくて

行動を生み出せる場所であることをめざしたい。

 

いつもそこに変わらぬコーヒーとおやつがあって

偶然立ち寄った人にも、よいしょと思って足を踏み入れてくださった人にも

「たまに来るのもいいな」と思ってもらえる場所であるように

大切にしたいことを、ずっと大切に伝えたいと思う今日この頃。

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おいしさと記憶

2021/10/11

次女が3歳の誕生日を迎えた。

たまたま帰省と誕生日が重なったこともあり

母が孫のためにバースデーケーキを作ってくれた。

 

うまくふくらまなくて2回焼いたスポンジが重ねられ

かすかに記憶に残る昔私に作ってくれたケーキと同じように

スライスされたバナナが挟まれていて

生クリームが丁寧に塗られ何人分かという大きな大きなケーキに仕上がっていた。

 

「おいしいとは何だろう。」このところ考え続けている問いに

母のケーキは優しく答えをくれたような気がした。

 

ひとつひとつのお料理やお菓子には

そこに費やされた時間も、思いも目には見えない。

けれどそれは確実に記憶となってそこに宿り

受け取る人にぬくもりとなって伝わる。

 

それを何と言葉にして現そうか。

そのひとつの言葉はきっと「おいしい」だと思う。

心からの「ごちそうさまに」と一緒に。

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森のスタッフ

2021/08/23

オオサンショウウオがまたこめじるしの川に姿を現してくれた。

2年前の夏もお店に来てくれていた小学生の男の子が発見し

興奮気味に教えてくれたのだが

今年の夏もまた森に行っていたお客様が教えてくださった。

 

その日は川遊び目的のご家族が続いたため

森は1日にぎやかで子供たちの声が響いていた。

昼間はほとんど活動しないオオサンショウウオは

川で遊ぶ人たちをどう眺めていたかは分からないが

 

夕方閉店後に川に行くと

まだそのオオサンショウウオの姿があり

近くに行くとすいーっと石の影に隠れてしまった。

 

こめじるしは私たち夫婦がきりもりしているが

ふだんは見えない森のスタッフたちがいるのだ。

そう思うまた、お店を続けることが楽しくなってくる。

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土と人間

2021/06/16

たかきびの種をまき、苗をたてて

さてどこに植えようかと考えていたら

ほんとうにありがたいことにタイミングよく

こめじるしの裏にある畑を使っていいよと言ってくださり

無事植えられるはこびとなった。

 

さあ植えるぞと、ふたりではりきって始めた閉店後16時。

甘くみていた苗箱6箱の苗たち。

ひたすら穴をほり、液肥を入れては苗を植える作業は

想像以上に大変な作業だった。

最初はあれやこれやと話しながら植えていたが

後半は子供たちのお迎えの時間もさしせまり

二人とも無言。ひたすら穴を掘っては植える。

 

汗をかき、とびかう虫たちをふりはらい

はたと何だかお腹の底から笑いがこみ上げてきた。

何をしているんだろう?

その瞬間が何だか痛快でもありこれだという感覚があった。

 

苗をたて、伸びたら植えて、土を耕し、肥料をまいて、植える。

自然のペースで、ただ自然に向かう行為は何も考えることはいらない。

 

今必要としていることはこれかな。なんて思ってしまった。

何のためと言われれば困るけれど、自然のペースで

自然と一緒に動くこと。これがわくわくしてしょうがないのである。

 

 

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田んぼとくりかえし

2021/04/22

田植えを前に水をはった田んぼを見て

「海みたいねー。」と次女が言った。

「そうだね。ここに今からお米の苗を植えるんじゃね。」と私。

 

それを聞いていた長女が言った。

「お母さん、私気づいた、いま気づいたんよ。

田んぼってね、くりかえしなんじゃね。」

 

そして言葉を続ける。

「だって水を入れて、苗が大きくなって、お米が育ったらみんなでとるじゃろ。そしたらまた最初に戻るじゃん。」

 

私はとてもうれしかった。

2歳の次女には海みたいに見える風景も

5歳の次女が言う「くりかえし」も自然が教えてくれたことで

 

そのくりかえしは、きっと人生の支えになり

何かを考えるときの軸になってくれるであろうと思う。

 

季節はめぐり、自然はくりかえす。

そこから生まれた食に恩恵を受けながら営むくらし。

 

実は私が教えてあげられることなんてほんのわずかで

自然のそばで、それらに目や耳をかたむけていれば

それだけで十分豊かなんだな。

 

肩の力がすとんと抜け、今ここにいるありがたさを実感した。

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ことばと気持ち

2021/03/9

言葉を使うことや、話が上手なことは

さして必要ではないのかなと、このところ思う。

 

お店にたっていても、お客様に対してかける言葉には

とても気をつかうのだが

むしろそれは言葉自体と言うよりは

タイミングであったり、相手が必要としているかとか

その周辺にあることに対して繊細に考えているのだと思う。

 

子供たちを見ていても、子供たちは言葉より

私たち大人の行動や姿勢をよく見ている。

このことに気づくのに時間はかかったが

それによってある意味で行動を精査できるような

とても心地のよい子供たちへの接し方を

探すことができるようになった。

 

言葉が大事ではないと言いたいのではなくて

そう気づいたからこそ

そこにある言葉は存在感のある言葉になると思う。

 

いらっしゃいませ。ありがとうございました。お気をつけて。

 

いってらっしゃい。おかえり。ありがとう。ごめんね。

 

大切にしたい言葉は、そこに気持ちがあれば

きちんと相手の心に届くと思う。

 

だから私は言葉について考えるのが好きなのだと思う。

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甘さと辛さ

2021/02/12

唐突に5歳の長女が2歳の次女の面倒を

見はじめることがある。

 

「一緒に遊ぼうねー。これやってみてごらん。上手だねー。」

とつきっきりになり何から何まで見てあげようとする。

 

次女は嬉しそうにもあるが

いつもの様子でない姉の様子をいぶかしげに見ている。

そして容赦なく姉の言葉をはねのけてしまうことも多い。

 

「いらない。今それやらない。」

そしてそんな言葉を次女が発したら最後

姉は怒りに満ちた声で妹に言う。

「もう、せっかくやってあげとるのに!もう知らない!はーちゃんだいきらい!」

 

優しさと恨みは表裏一体なのだ。

そんな時私は長女に何と声をかけたら良いかと思う。

 

そしてまだ成長と甘えをいったりきたりしている長女と

遠慮を知らない次女のやりとりを

見ていて微笑ましく思う一方で

はたと、我にかえる。

 

大人にも同じことが言えるのかな。

誰かのために、何かをするということは

それ自体が目的であるよりも

 

自分が好きなことがそこにあって

それを続けることがやがては人のためになっていた。

その方があり方として気持ちが良い気がする。

そんなことを思いながら、思いにふける。

 

小さな子供たちはまだまだ本能そのままを

むき出しにしてぶつかってくる。

そのことが大人にとって考えさせてくれることは

意外とたくさんにあって

 

1歳の時の親は初めてで1度きり。

2歳の時の親も初めてで1度きり。

2人目は1人目と全く違うし

また1歳の時は1からやり直し。

 

ずっと子供たちが大人になるまで

一人一人が一つ一つ歳を重ねるたびに

親は「初めて」を繰り返すのだと思う。

教科書もなければ、決まりきった方程式もない。

 

だから迷うし、おもしろさや感動も大きい。

自分たちのベクトルに合わせるのではなくて

子供たちの言葉や様子が教えてくれることに

目をこらして、耳を澄ましていたいなと思う。

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